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明日への足跡

子育ては毎日が戦争

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遠すぎる道程


期末考査は大惨敗!


娘ちゃんの期末考査の結果が返ってきました。かろうじて許容範囲だったのは1科目のみ、あとは順調に(?)成績は下降の一途をたどっています。「なんでこんな点数しかとれないの?!」と怒るより、むしろ、2学期はちゃんと塾にも通えていたはずなのに、期末考査は2週間前からきちんとテスト対策で提出物をやらせることで試験範囲は一通りなぞらせたはずなのに、どこが間違っているの?と戸惑ってしまいました。

中学1年生の成績はいわゆる内申には直結しません。だから、この点数しかとれなかったということが問題ではなくて、特に英語や数学といった積み上げていくべき科目がきちんと積めていない、そのことが親としては不安材料なのです。もうすぐ冬休み、なんとかこの穴は埋めてやりたいところ、でも何をやらせたらいい?どう過ごさせたらいい?これまででわかっているのは、ただ「勉強しなさい」と言うだけではダメだということ。具体的に、この日はこの科目を、この教材のどこからどこまでをやろうね、というようにもっていかなくてはいけないので、本人と相談しながら、この連休明けに予定表を作りたいのですが、何からどう手をつけていいものか…。

なるべくしてなった結果


こういう時は素直にプロに相談です。塾に送り届けがてら、室長先生に少し時間をいただいて、話してみました。基本的には、中学校に入学してすぐの1学期末試験から比べると着実に難易度はあがっているから、点数そのものが下がってきてしまうのはある程度仕方ない部分もあるようなのですが、娘ちゃんの場合は、夏のあたり、体調が優れなくて、塾や学校を休みがちだった穴が響いていること、そして、試験勉強も、2学期の中間試験の時は、提出物をこなすことさえもできていなかったのが、期末試験は提出物だけはちゃんとできたけれど、みんなは事前に単元ごとに提出物はコツコツやってあって、最後の2週間は塾でテスト対策としての勉強(過去問など)に取り組んでいたのに、娘ちゃんは最後まで提出物だけに必死で、そこまでたどりつけていなかったのだから、テスト対策としてはやりこみが不十分だったということが先生の話で明らかになりました。特に、英語と数学はなまじ塾に行っているからこそ、学校の授業で、英語と数学は塾でフォローできるからいいよね、と本人は休みがちで、そうすると進度がわからなくなっているから、当然、事前にワークをやっておくこともできないということがあり、だから、範囲が発表されたから慌ててやっては、量が膨大過ぎて終わらない、という状態だったのだと。

また、テスト2週間前に試験範囲が発表されてから、今回は、私が学習プランを組んだわけですが。毎日、各教科をまんべんなく少しずつできるようにした予定表だったはずが、彼女は塾の自習室で得意(というか自分がやりやすい)科目からどんどんこなしていき、逆に苦手・嫌いな科目は後回しで、最後に慌ててやっつけるような感じだったそうです。予定を組んだだけではダメで、きちんと毎日、その通りこなせているか、を親がチェックすべきだったのに、毎日、「予定通りこなせてる?」とだけ声をかけて、本人の「うん」という返事を鵜呑みにしていました。

難しい舵取り


この先、仮に本人が公立よりも私立に進学したい、と望むのであれば、やはり学校の出席というのはかなりきっちりチェックされてしまうそうで、今のように、デフォルトは4時間目からの登校と言いつつ、時間割を見て、自分の行きたくない科目は間引くみたいなことはいつまでも続けられません。幸い、体調が大分よくなってきているので、普通にフルで学校にいさせようと思えばできなくはないはず。ただ、本人が今すぐはどうしても一部技能科目は参加したくないようで、そうなるとここからは学校との交渉になりますが、たとえば、3学期は、そういう科目だけを保健室登校にして、できるだけ、毎日、1時間目から6時間目までを学校で過ごせるように、主要科目だけでも全部出席できるようにできないものか。たとえば、今だったら、1時間目と2時間目が理科と社会、3時間目が体育、4時間目が音楽、5時間目に英語か数学、といった時間割だとしたら、確実に、1時間目と2時間目だけ受けて、5時間目の分は塾でやるからいいや、と早退してしまい、そうすると、英語と数学は試験直前に大量のワークと格闘するだけになって、点数を取りこぼす、という状態なので、それを避けるためには、出来る限り、学校で授業を受けさせるしかないのです。

今すぐ結論を出すべきことではないのですが、進学先、ということを考えた時に、どのレベルまでなら許容するのか、ということがいずれは問題になってきます。極端な話、この少子化の時代、名前を書きさえすれば入れる高校がないわけではありません。でも、どこでも行けるならそれでいいのか?と。もちろん、本人の気に入った、行きたいと思える学校にご縁があるならそれがベストですが、今のところ、本人がここなら、と思っている学校は届きそうにありません。ならば、とにかく入れる学校に行かせるのか?通えなくなる可能性の心配もそうですが、正直、どのレベルまでなら行く価値を感じられるのか、ということもあります。ただ、高卒の肩書が欲しいだけなら高卒認定試験もありますし、3年間、自堕落に過ごされるぐらいなら手に職をつけさせた方がよっぽどマシという考え方もあります。ただ本人はそれを願っていないのだとしたら、本人の望む幸せのかたちに近づくために、一緒に隣で走ってあげられる親でいたいな、と思う今日この頃です。いつの日か、「人生、万事塞翁が馬だね」と笑える日が来るといいのですが。


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定期考査にまつわるエトセトラ



娘ちゃんの名案(迷案?)


季節はめぐり、日ごとに秋が深まっていきますね。冬がもうすぐそこまで近づく中、娘ちゃんの2学期末考査が今日終わりました。定期考査は2週間前になると、全科目の試験範囲および定期考査終了後の提出物(ノートやワークブックなど、これも採点基準のひとつです)が発表されます。それに基づいて、自分で学習計画表というのを作成し、連日、それに沿ってこなせているかチェックされ、最後に結果が出てから自分で振りかえる、ということをしなくてはならないのですが。

今回のテスト2週間前。娘ちゃんが「ママーいい事考えたっ!」大体彼女がそういう時はろくなことありません(苦笑)「テストまでの学習計画表を、ママがテスト範囲表を見ながら書いて、その通りにやったかを見てくれればいいんだ!」…ハイ?なんで中学生にもなって定期考査のお勉強プランから内容まで親が管理しなきゃいけないわけ?でも、実は前回、中間考査の時に、本人に任せていたら、数学のワーク課題が60ページほどあるのを10ページ分ぐらいしかこなせず、期日厳守させるには睡眠時間を削らざるをえない状態に陥り、それでは体調を崩して試験を受けること自体ができなくなってしまうので、親から担任経由で数学の先生に、評価は当然それなりでいいので、できるところまでの提出にさせていただけないかとお願いしたということがありました。さらにほぼ全科目、惨憺たる結果で返ってきました。なので、今回は、あえて私が学習計画を立ててみることにしたのです。

勉強しなさい!と言われても


試験範囲表と各教科の教科書やワークブックの課題をにらめっこしてみると、この課題をきちんとこなせば、試験範囲を一通りなぞることになることに気づいて、まずは最低限、課題を期限通りに提出させることをマストとして、予定表にその日やるべきページを割り振っていきます。塾がある日は塾の勉強と宿題が試験対策になっているので、その日は歴史漫画を読むだけにして、あとは、絶対計画通りになんて進まないだろうからと予備日も2日ほど設けて。これだけでもかなりのボリューム、みんなこんなにできるものなの?!すると、意外なことに、課題に関してはフゥフゥ言いながらちゃんとこなしていくのです。苦手科目とか嫌いな科目は家でやりたくなかったようで、塾の自習室に持っていって先生に助けていただくなんていうこともやっていたようですが。

そうか、彼女の特性上、曖昧な指示は何をどうしていいかわからないんだ、と今更ながら気づいたのでした。親はついつい「勉強しなさい」と言ってしまいますが、それでは、何をどうしていいかわからないのです。YesかNoで答えられる質問でない限り、たとえば「どう?」みたいな問いかけは答えられないというのをあらかじめわかっていたはずなのに。自分も学生の頃、親に「勉強しなさい!」とさんざん言われて反発しか感じなかったのに、親になるとそんなことも忘れて、子どもに同じことを言ってしまう、これって、中学生の親あるあるなんですかね?

傾向と対策は二人三脚で


そして、試験の前日。たまたま別の用事で娘ちゃんと本屋さんに立ち寄った時に、彼女は自分で、教科書準拠の傾向と対策みたいなドリルをみつけました。これ便利!というので、本人が必要と言う科目を全部その場で買って帰ると、一夜漬けでそれをやっていたようです。もっと早く買ってやるべきだった、と反省。結果に対してガミガミ言うばかりで、過程をこれまで自己責任といえば聞こえはいいけど、単に放置していたんだな、と。

3日間で8科目の試験が行われ、本人の感想を聞いた限りでは、そこそこできた科目もあれば、思いのほか上手く行かない科目もあったようですが。苦手科目の克服を頑張れば得意科目(?)がおろそかになり落とす、なかなかバランス良くまんべんなく勉強させることは難しいと改めて実感します。それと、夏休み明けの中学校との取り決めで、一部技能科目は事実上放棄しているので、当然受けていない授業のノート提出はできず、今回の試験期間中にみんなが提出する中ひとりだけ出せないということが何度かあったようです。その一方で前回は追いつけず出せなかったのを今回は追いつけた、というのもありました。

この数ヶ月で娘ちゃんのフィジカルのコンディションがずいぶん良くなって、前よりも、学習に取り組む、勉強できる体力がついてきましたね、と塾の先生からは昨日言われました。確かに夏前の頃から考えたら、よくここまで立て直せたものだと思います。ただそれは、本人の努力も多少はありますが、それ以上に、学校や塾の先生方の受け入れ体制だったり、ドクターやスクールカウンセラーさんの適切なアドバイスだったり、まわりの尽力の賜物です。焦る気持ちと闘いながらひとつずつひとつずつ、未来の可能性を残すために今はできることをやっていかなくてはなりません。今回の定期考査を通して学んだのは、具体的に計画を立てて、実行させていく大切さ。親子で話し合って、ここからは漢検と英検に順次取り組んでいくことにしたので、今度は一緒に計画を立てる、ということを少しずつやっていくことで、最終的には本人が自分でできるようになってくれるといいのですが。



好きが支えになる



学校に行きたくない!


気が付いたら11月も1/3が過ぎていました。子どもたちの行事ラッシュが一段落して、やっと落ち着くかと思いきや、息子くんの登校しぶりが激しくなり、毎朝が戦争状態!まず、家を出るまでに、行きたくないと固まっているのを説得。ママも学校まで一緒に来てくれるなら、ということで、坂道しかない通学路を付き添うのですが、家から大人の足だと15分ほどの距離なのに、ここでも牛歩戦術です。羊飼いになった気分であの手この手で釣って、やっとこさ、学校の門の前までたどり着いたら、そこでしゃがみこんで帰りたいと泣きだします。あるいは、無事になんとか学校の敷地内に入れても、昇降口までたどり着けずに、行かない!と駄々をこねるのです。親子で攻防戦を繰り広げているうちに、児童支援専任の先生が飛んできて、息子くんの気を紛らわそうと、学校で飼っているウサギを見るのにつきあってくださったりとか、泣いている隣にひたすら寄り添ってくださったりするのですが、なかなか上手くいきません。ある日などは、あとは任せてお母さんは帰っていただいていいですよ、と言われたので、私が帰ろうとしたら、その場でギャン泣きして、先生のことをバンバン叩くワ、蹴飛ばすワ。親の方が大恐縮です。結局、そうやっているうちに担任の先生も来られて、ベテランだけにうまーく本人の気をそらして、そのまま教室に連れて行かれるという日が続きました。

保育園に1日里帰り


特別、何が嫌なのかはわからないけれど、きっと小さなストレスの積み重ねが苦痛で、でもそれを言葉で誰かに伝えるにはまだボキャブラリーが足りなかったりするのかもね、とカウンセラーさんには言われたのですが、あまりに毎朝、児童支援専任の先生の手を煩わせ、担任の先生もクラスの他の子たちを一瞬待たせてでもうちの子のために余計な時間を遣わなくてはならないという事態が申し訳なく、そして、行きたくない、という息子くんの涙を見るのもせつなく。私は保育園時代の担任の先生に電話であらかじめ事情を説明してアポをとった上で、先日、放課後に保育園に彼を連れて行きました。「大きくなったね!」「背伸びたね!」「お兄ちゃんになったね!」保育園の先生方は大歓迎してくださり、息子くんはちょっぴりくすぐったそう。不思議なもので、つい半年前までここにいたのに、やっぱり年長さんとは全然顔や雰囲気が違うのです。元担任の先生は、今は1歳児組を受け持っていらっしゃるので、背中に小さい子をおんぶしながら、園庭でひたすら、息子くんとサッカーに興じてくださいました。そのうち日が暮れて、お部屋に入ってからも、特に多くを話すでもなく、のんびりと1歳児たちと遊ばせてくださって、息子くんも、普段は自分自身が下の子で、小さい子と接することに慣れていないから、ぎこちなさはあったものの、木のパズルなどで遊んだりして、少し気分転換をさせていただいたのでした。

父と息子の鉄博デート


私がそうやって息子くんの気持ちの切り替えを模索している頃、ダンナは息子くんとお風呂の中で男同士の約束をしていました。1週間、ぐずらずにちゃんと学校に行けたら、鉄道博物館に連れて行ってあげる、と。実はうちの息子くん、大人顔負けの鉄道オタクなのです。そんな彼にとっては鉄道博物館はディズニーリゾートよりも夢の国。まして鉄道博物館は以前にも行ったことがあるけれど、最近、拡張したとかで、新幹線のナントカ系が展示されているだのと情報を仕入れては、行きたい行きたいとせがんでいたので、鉄道博物館に行きたいその一心で、ここ1週間を頑張り抜いて、今日、晴れて、父親と電車で鉄博デートが叶ったのでした。ランチは駅弁、大宮-東京間だけとはいえ新幹線にも乗って、帰りには東京駅のプラレールショップでプラレールを買ってもらって。至福の1日を過ごせたようです。

ところで、今日は東京駅のイベントプラザで任天堂公式のマリオグッズの販売がされていて、長蛇の列をなしているのを、私も別件で近くを通ったので目にしていました。普段、家ではマリオ関連のゲームをいくつか夢中になってやっているので、さぞかし食いつくのだろうなぁと思ったのですが。あとでダンナに聞いたところ、見向きもせずに、プラレールショップにまっしぐらだったのだそうです。あぁ、この子にとっては、日々、どれほどゲームやYoutubeにのめりこんでいるように見えても、やっぱり鉄道の方が断然優先順位は高いのか、大好き、のレベルが違うのか、と意外な発見でした。この先、学習面とかで苦労することがあっても、この子は、電車という突き抜けているものがあるから、きっと大丈夫、と保育園で言われたのを改めてそうかもしれないと思えたのでした。


行事の中で浮かび上がるわが子の姿


初めての運動会はニコニコ


この1週間余り、我が家は怒涛の行事ラッシュでした。まず、最初は息子くんの小学校生活初めての運動会。運動会前の授業はほぼ毎日のように運動会の練習が組み込まれ、それと並行して通常の学習もある程度こなしていかなくてはならないため、息子くんにとっては負担だったのでしょう、連日、登校しぶりをなだめすかしながら、学校まで付き添い登校する羽目になり、こんな調子で運動会大丈夫なのかしら?と心配したのですが。意外にも本番には強いのか?ノリノリで、ダンスの振りがひとりだけできていなくても、徒競争がビリから2番目でもニコニコ、楽しそうな笑顔でした。

うちの小学校は毎年、運動会のプログラムがほぼ固定なので、高学年の演技はそのまま、娘ちゃんの去年の姿です。去年の今頃は、娘ちゃんの学校辛いがピークで、体調も悪く笑顔を失くしていた時期で、おまけに台風の影響で何度か延期になり、最後は平日に私ひとりだけでひっそりと小学校生活最後の運動会を見守ったなぁ、なんて駆け抜けたこの1年を思い返して感無量でした。

文化祭って楽しい!


小学校の運動会を終えたら、お次は娘ちゃんの中学校の学校を開く週間と文化祭です。自分の中学校に授業参観なんてものがあった記憶はないのですが、この学校を開く週間では子どもたちの1日の学校生活を自由に見ることができます。もっとも、フツー中学生ともなれば、それこそ授業参観なんて「来ないでいいから!」でしょうし、文化祭や体育祭も友だちと楽しむのに一生懸命で親のことなんてどーでもよいが多数派だと思うのに、うちの娘ちゃんは未だに「来て」と言うので、今回、私は2日間にわたり、理科・美術・社会の授業を見学してきました。今どきの中学校の授業というのは、非常に丁寧でわかりやすく、この授業をちゃんと聞いて理解していたならば、あえて塾に通わなくてもトップ校とかでなければ普通に進学できるのではないかと思ったほど。生意気盛りの生徒たちを上手く掌で転がしながら楽しく勉強させる先生方の力量はお見事でした。

そして文化祭では。1年生と2年生はメインが合唱コンクールで、娘ちゃんのクラスは惜しくも優勝なりませんでしたが見事準優勝!この合唱コンクールの時に、面白かったのが、一部、例外の先生もいらっしゃいましたが、各クラス担任のほとんどが、自分のクラスの子たちが可愛くて可愛くて心配でたまらないといった様子だったのです。出番を終えて戻って来ると担任の先生が、それぞれ、ひとりひとりハイタッチだったり、「グッジョブ」と声かけてたり、頭撫でてたりとねぎらっている姿に、子どもたち、愛されてるなぁと微笑ましく思いました。その中でも特に、各学年で、上位3位以内に入ったクラスは担任と生徒の距離がいい意味で近かったのも印象的です。

娘ちゃんは美術部員でもあるため、文化祭では自分の描いた絵も出展していました。なので、他の部員たちの絵もついでに見てきたのですが、さすがに中学生ともなるとみんなおそろしくクオリティ高い作品ばかりで感心させられました。娘ちゃん曰く、部活動はたまにしか出られなくても、クラス以上に大切な居場所なのだそうで、私が見に行った時も、休み時間はいつも誰かしら美術部の同期と一緒に楽しそうな笑顔でした。文化祭は準備期間も含めて、娘ちゃんにとっては何もかもが興味津々だったようで、結局、気が付いたら1週間、ナント毎日、フルで学校にいました。

『人』が好き


怒涛の行事ラッシュの最後は、お世話になっている学童も出店した、地域のふれあい祭りです。小学校の校庭を会場に、社会福祉協議会の主催で各自治会が模擬店を出していて、ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいといったアクティビティを楽しんだり、焼きそばなどを食べたり。地域の小学校や中学校の一部生徒によるダンスが披露されたりもする会場で、息子くんはお祭りを満喫していましたし、娘ちゃんは私立中学に進んだ小学校時代のお友だちとプチ同窓会状態でした。

そんな姿を見ていたら、やっぱり、中学校生活の次のステージは娘ちゃんが仲間と笑顔で過ごせる環境を、と改めて強く思ったのです。マイペースだし、ひとりで過ごす時間が好き、だけど、彼女は、それと同時に、自分をわかってくれる相手と話すのは嬉しいし、そういう相手とは一緒にいたい、というタイプ。ついでに、授業もオンラインの映像学習みたいなのは嫌いで、普通に雑談とか野次も潤滑油になるような対面授業の方が好きなんだなというのも授業参観をしてみるとよくわかります。一般的には、通信制のサポート校一択、とドクターには言われましたが、そうじゃないな、と。むしろ一番彼女には向かない選択肢がそれのような気さえしました。相手を選びはするけれど、彼女は『人』が好きなようです。

発達障害だから個別支援級、とか、全日制ではなく通信制のサポート校とか、世間一般的なセオリーはそうなのかもしれません。でも、それがわが子にも当てはまるかどうかはまた別問題です。いろいろ簡単じゃないという現実は変わらないのですが、仕事を停滞させてでも学校に足を運んだのは無駄ではなかったな、と思うこの秋の行事ラッシュでした。


発達障害は食事療法で治る?!



子どもの発達障害は親のせいなのか


「親の食事管理がなってないと子どもが発達障害になる」

季節の変わり目のせいか、はたまた鬼の霍乱か、今月に入ってから私自身がちょっと体調を崩して喘息になってしまい、内科・呼吸器内科などを標榜するとあるクリニックを受診したのですが。その時に、私の仕事について、いろいろ聞かれたんです。ちょっと特殊な職業というか勤務形態なもので、何故、そういうことをしているのか、と言われたから、子どもふたりが発達障害なので、子どもたちのサポートをしやすいようにするため、という答えに対して、ドクターから言われたのが、上記の言葉。

「採血すればわかるから。お子さんたち今度採血に連れて来て。発達障害は食事療法で治るんです。りあえず、小麦と牛乳と砂糖はやめてください。肉・魚・野菜を倍とるように、あとは玄米にして。」と言われても、はい、そうですかと言う気にはなれませんでした。医師という立場の人間からかなり強く勧められても、自分の中で納得いかないというか、疑う気持ちがあったので、帰宅後に軽く「発達障害 食事療法」で検索してみると、やはり胡散臭いというか、癌の民間治療のようなものかな、と。診断名がつくと、どうしてもそれに振り回されそうになるというか、【発達障害】という言葉がひとり歩きしてしまうのですが、これは【治療】するものではないはずです。

食べる幸せは生きる幸せ


食事療法云々は横に置くとして、そもそも、そういう食生活をしたいと思ったら、とにかく時間が必要!手間をかける心の余裕が必要!だと思うのです。それが丁寧に暮らす、ということかな、と。でも、現実は、生活を回すことに必死だし、子どもたちの気分に振り回されながらも、なんとか子どもたちが楽しく美味しく食べられるようにということを考えながら、その中で栄養もある程度とれるように、っていうのが今の自分の精一杯。食事に関しては、いろいろあれがいいとか、逆にこれはよくないとか、情報があふれている時代ですが、要は、極端に偏ってさえいなければ、普通に食事を美味しくいただければそれでいいのではないかと、私個人は思っています。子どもたちの食事にしても、小学校までは給食があるから、多少嫌いなものもそれで食べさせられてたわけだし。手抜きな日があっても、別にそれが毎日じゃない。ちゃんと手をかける余裕がある日は丁寧に作る。それでいいんじゃないかと。あとは、自分自身が、食卓で季節を感じたい人だから、多少気にするかなというのはありますが。

民間療法は宗教のようなもの?


今回、私個人の喘息の治療に、ステロイドの吸入薬と漢方薬が保険適用で処方されたのはいいとして、さらにビタミンCとビタミンEのサプリメントが保険適用外の実費で処方されて、窓口請求額が7,000円ほどになり、ちょっとたじろぎました。それと同時に、もしも、子どもたちの発達障害がなかったことになる、普通に支障なく今後生きていける、という【治療法】が確実にあったとしたならば、そして、それがお金で払える程度だったならば、どうしたかなと考えてしまいました。わが子が発達障害とわかって、実際、学校生活にも支障が出ていて、将来の進路にも制約が出る可能性が高い、という状況で、親にしてみたら、わが子の今後の生きづらさを思うと、そんな風に産んでしまったとか、あるいは、自分の育て方や愛情のかけ方に問題があるのかとか、思ってしまう時もある中で、親の食事管理がなってないから発達障害になる、食事療法をすれば治る、なんて言われたら、今回、私はイラっときたぐらいでしたけど、藁にもすがりたい思いの時だったら、どうだったのでしょうね。そして、さらにこれがたとえば癌のように命に関わることだとしたら。癌と異なり、発達障害(と、そこから派生した慢性疲労症候群)は標準治療さえも確立されていません。不安でいっぱいのところに、そうやって治療法がありますよなんて言われたら、飛びつきたくなってしまう人もいるのではないでしょうか。

できれば、科学的根拠のない、聞きかじりの浅い知識(情報)だけで、こうあるべき、という提案はご遠慮いただきたい、と私は思います…。

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プロフィール

真白

Author:真白
横浜市在住、発達障害の小1男子と、慢性疲労症候群の中1女子を抱える母です。

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