FC2ブログ

ママだって泣きたいゾ!

子育ては毎日が戦争

Entries

映画 『空飛ぶタイヤ』

映画『空飛ぶタイヤ』を見てきました。もともと池井戸さんの作品たちが好きで、もちろん、この原作も既読です。ただ、原作は内容のボリュームがそれなりにあるので、それを映画という限られた時間にどうやってまとめるのかなという懸念はありましたが、原作の核となっている、交通事故を発端としたリコール隠しをめぐる闘い、というところに焦点を絞って、無駄なくまとめていましたね。

この作品、決してひとりの英雄というかスーパーマンがいるわけではないんですよね。むしろ、みんな泥臭くあがいているというか、生きていくってやっぱりキレイ事だけではないから、組織の中で、時には保身の為に表立って抗えなかったり、白を黒と捻じ曲げてしまうこともある、誰かのせいにしたり言い訳もしたくなる、なんというか、こういうことってどこにでもあるよねって思えるような。それでも、ひとりひとりがなんとかしよう、命の重さを受け止めて、自分のできる最大限をつないでいった結果、大きな悪に立ち向かうことはできたわけですが、ただ、ある日突然奪われたひとつの命、当たり前のように続いて行くと思われた日常はもう戻らないわけですよね。それがなんだか、よかったね、だけど、せつないなぁと

原作を読んでいた時は、諦めたらそこで終わってしまうけれど、往生際も悪くしがみつくことで、最後に正義は勝つ!みたいな力強さを感じていたのですが、映画だと、それよりも、人間の弱さや狡さ、その結果としてかけがえのない命が奪われてしまったやりきれなさ、そういう荒涼としたものを強く感じさせられたんですよね。空飛ぶタイヤの犠牲になった女性は、決して信号無視や飛び出しをしたわけでもない、ただ、子どもと手をつないで夕飯にハンバーグを作ってあげるねと笑顔で話しながら、スーパーに向かって歩いていただけ、そんなのどこにでもある日常だと思うのです。私も時々自分の子どもたちとそういうことあります。生きていることに希望が持てなくて、投げやりにその日をやり過ごしている人もいる中で、子どもの成長を楽しみに、どこにでもいるような母親の命が、何の非もないのに突然奪われる。なのに、大企業という巨人の前ではあまりにも軽く扱われてしまう理不尽。もしも神様にひとつだけ願いを聞いてもらえるのならば、もう一度ママと話がしたい。遺族の少年のあまりにもピュアな思いが、大人たちによってバトンのように受け継がれていき、真相を暴きだす様を見ながら、どこかで、恐らく同じくらいの年頃であろう、自分の息子くんと重ねて涙しました

娘ちゃんも幼い頃はそうしていたのですが、今、息子くんとは、毎日、朝起きた時や、学童から帰宅した時に、必ず、ギュッとしています。というのも、実は、私はわが子と何を話していいのかわからない時があって、大体は、向こうが学校でのことなどを話してくれればそれを聞いているのですけれど、こちらからは特に…、さらに、子どもたちと一緒にいる時間も、自分の仕事や家事もあってバタバタしていることが多いので、言葉が足りない分をスキンシップで、みたいな。相手の機嫌が悪かったり、遊びたい気持ちが強い時には、ママの抱っこどうでもいいから早く解放してよね、という態度をとられることも少なくないのですけど(笑)娘ちゃんに至っては、近頃、反抗期で、触られることさえもまっぴら、といった感じですが、調子があまりよくない日は、普段はひとりで寝ているのに、私の布団にもぐりこんできて、隣で寝たい、なんて可愛いことを言ってきたりもします。世間一般の多数決的な意味での【普通】からはちょっとずれてしまう、うちの子どもたちとの日々ですが、それでも、一緒にいられる今を大事にしないとですね。
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR