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明日への足跡

子育ては毎日が戦争

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木の上に立って見守る「親」に

一昨日のこと、学校から帰ってきた娘ちゃんが、秋に行われる合唱コンクールのパートリーダーになった!と得意げに報告してきました。それを聞いた瞬間、私とダンナは思わず絶句してしまいました…。パートリーダーなんて大役に何故彼女が立候補したのかはわかりませんが、これまで、特に音楽の授業以外での合唱経験も、音楽関連の習い事経験もないから、譜面も読めないし、パートをまとめあげられるほどの力があるとは思えません。それに、何より、今の彼女は毎日普通に学校に通うことさえも難しいのです。自ら手を挙げてなったはいいけれど、いざ練習となった時に、本人がたびたび欠席していたりしたら、まわりは確実に反発することでしょう。親心としては、本人が前に出ていこうとする気持ちを応援してやりたいし、これが学校に行きたい理由のひとつになってくれたらいいなと願う気持ちはあるけれど、あまりにリスキー過ぎます。

担任の先生も同じように内心危惧されたのでしょう。決まったあと、本人に、ちょっと30秒残って、と声をかけ、自分からパートリーダーになったからには休めないぞ、大丈夫かと念押しされたそうです。以前に遠足の班長に立候補した時も、あるいは、クラスの中で係や委員会活動に携わったり、今回のことにしても、抱えるより先に、今はまず、学校にコンスタントに来られるようにすることが先なのに、と。それでも、本人がやろうと決めたことならば、担任としては、せめて彼女に負荷がかかり過ぎて、まわりから攻撃される隙を作らないように、体制を整えてフォローできるようにしていこうと思います、と親にも遅刻連絡のついでにお話をいただきました。

そして迎えた三者面談。行く前は正直憂鬱でした。そもそも、娘ちゃんは小学校時代から個人面談なんて親が担任の先生にお小言をいただく場でしかありませんでしたし、まして今は学校に普通に通えてはいないのですから。

入学してから3ヶ月、いろいろ波はあったけれど、よくここまで越えてきたなと思います、特に6月は何日も連続して休んでしまった時期があって、このまま来られなくなるかなと思ったけど、ちゃんと踏みとどまって、試験もなんとか受けられたし、7月になってからは1時間でも2時間でも休まずに来ようとする意欲は見られます、ただ、パートリーダーとか自分で決めたからには、ちゃんと頑張らないとアナタの言葉はみんなに響かないし、ひとつひとつが信頼につながるからね、と穏やかだけどここだけはという意思をきっちり伝えてこられたことで、なんというか、あぁ、この先生なら大丈夫、と私も素直な気持ちでそこから向き合えた気がします。

細々としたクラス内での様子や、お友だちとの人間関係の話等のあと、成績に関しては、これだけ授業に出られず、授業を受ける機会がなかった中で、最低限、積み上げが重要になる英語と数学だけはちゃんと積めていると思います、この先、進路等でもっと上を目指そうとなったら、確かにこの点数では足りなくて、たとえば、仮に○○高校に学校とのやりとりで行こうとした場合は、このぐらい(と具体的な数字)は必要になってきますが、今の時点では、まず、これだけとれているということは、塾でのフォローの効果もあってちゃんとできているから大丈夫です、と意外と楽観的な見方に、そんなものか、と。受験の時は、強い子たちとも同じ土俵で戦っていかないてはならないのに、ろくに努力もせずまともな点数もとれていない、娘ちゃんは甘い、と私は否定し過ぎていたのかもしれません。

ただ出席日数に関しては、今でもちょっと厳しいところに片足入っているので、まずはこれ以上、全休はなるべく避けようね、無理しろとは言わないけれども、今は毎日会えることが大事、あとは、最初からできない・やらないではなくて、ほんのちょっとでもいいから、やってみて、やってみたけどダメだった、の方がいいよ、と本人に先生から伝えた後で、本人をはずさせてから、今はまだ身体も小さいし、心もゆっくり成長途中なのを、もう少し待ってあげてください、と親に言われました。どうしても親はあれもこれも厳しい目で見てしまいがちなところですが、少しずつ学校にいられる時間を延ばしていけたり、自分から学校に積極的に関わろうとしている姿は大事にしてあげましょうよ、という先生の言葉に、そうですね、と受け入れられる自分がいました。

中学校の面談のあと、久しぶりに娘ちゃんを連れて塾に行き、今度は塾の先生方と本人の面談。実は、この面談は当初、三者面談の予定でした。が、よくよく考えたら進路は本人のものですし、現状を本人に理解させ、その上で、本人が納得して、ここまでの取り返しを夏の間にどうやっていくのか、可能であれば2学期への貯金を作るために、夏休みをどう過ごすかを考えさせ、歩きだすきっかけが必要と思い、信じてる先生方だからこそ、あえてお任せして私ははずさせていただくことにしました。もし、先の担任の先生との面談がなかったら、きっとそうはしなかったと思います。でも今は、親が直接本人に口うるさくあれこれやれと言うよりも、親は学校の先生や塾の先生との信頼関係を持った上で、そちらから本人に伝えていただく方が、本人は受け入れやすいのかなぁと思えたのです。もちろん、親が自分の言葉で伝えるわけではないので、表現が先生方の場合は、ちょっと優し過ぎるのでは…とか思ったりしてしまう場面もありますが、その匙加減もプロである先生方を信じてお任せした方がいいのかな、と。それも【待つ】ことのひとつと言えるかもしれません。

以前にカウンセラーさんとお話した時に、「【待つ】ってことは苦しいから、親はみんな苦手で、動いている方が楽なのかもしれません」と言われたことがありました。その通りだと思います。【待つ】とは親にとってはキツイのです。わが子を信じてやらなくてはと頭ではわかっていても、心配だからこそ、自分に余裕がなくなると、本当に辛くてきつくて、ギャーギャー言いたくもなってしまいます。ただ、そういう親の不安だったり焦りだったり、きつさだったり、といった諸々を重々承知の上で、それでも、今は本人を信じて、スモールステップで本人が前に進んでいけるように、丁寧に見てあげて、待ってあげて、という担任の先生の言葉に何故かすんなり、ハイ、と言えたのです。それを押しつけがましくもなく、さらっと受け止めさせてしまうところが、きっと、この先生のコミュニケーションスキルの高さなんだろうなぁとも思います。

約1時間半という長時間にわたり、塾の先生方ふたりが交代で娘ちゃんと話をしてくださいました。本人も、やらなきゃいけない、やろうという気持ちは持っていながら、何からどう手をつけていいのかわからなくなっていたそうです。「娘ちゃんはお母さんから言われていることも、ちゃんとわかっています。わかっているけれど、そうは見えない態度だったりしちゃうのはお年頃かな。伝わってはいますよ。」先生方のやわらかな笑顔に、なんだか泣きたいぐらいの安堵をしている私でした。

夜に帰宅してから面談2連発の報告を妻から受けて、ダンナがぼそっと言うのです。「西日本の豪雨水害で、子どもが生き埋めになってしまったとか、流されてしまったとか、そういうニュースを見ていると、うちの子どもたち、いろいろ残念なところはあるけれど、生きていてくれるだけでまぁいっかーって思うよ。生きてるだけで丸儲けじゃん。」 木の上に立ってわが子を見守る親に、なかなかなれない私ですが、娘ちゃんが、自分の意思で、自分の力で、自分のペースで壁を乗り越えて行こうとするのを、待てる親になっていかなくてはですね。
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真白

Author:真白
横浜市在住、発達障害の小1男子と、慢性疲労症候群の中1女子を抱える母です。

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