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ママだって泣きたいゾ!

子育ては毎日が戦争

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自由という名の翼を持つために



たかが宿題、されど宿題



早いもので今年度もそろそろ折り返しです。3学期制をとっている娘ちゃんの中学校では週明けが中間考査、2学期制をとっている息子くんの小学校では明後日から前期最後の週を迎えます。

小学校入学当初は鉛筆の持ち方からかなり苦戦した息子くん。それでも担任の先生の並々ならぬご尽力によって、下手なりに少しずつきちんと読める字が書けるようにはなってきたのですが、未だにひらがな・カタカナが完璧とはお世辞にも言えません。それでも授業はどんどん進んでいき、いよいよ漢字練習に突入したようです。漢字ドリルが配布され、自宅での漢字練習が課せられるようになりました。まだ最初なので「大」「小」「一」「二」「三」「四」だけでしたが、漢字はひらがな以上に、書き順やいわゆる【とめ・はね・はらい】といったものを意識させる必要があります。算数のように理解させた上でやらないといけないことはともかく、漢字練習のようにただ書けばいいだけとかそういう作業的な学習はきっちりやらせないと、とは思うのですが、これを取り組ませるのがとっても大変!疲れてグダグダの時に姿勢を正して練習しなさいと言ったところでやるわけないし、すぐに飽きてふざけてしまいますので、休みの日に時間をとって一緒に見てやることになります。

この他に週2回は算数と国語の宿題プリントも出ます。こちらの国語はひらがなやカタカナをなぞるだけだから大したことないのですが、算数は、授業の復習といっても、きちんと理解しているとは限らないので、これも親が丁寧に見て、わからないところはひとつひとつ目に見える形で説明して、理解させながら、やらせていきます。夏に受けた検査結果を学校にはお伝えしてご理解いただいているので、仮に、この宿題や漢字練習をやらなかったとしても、特に何かを言われたりすることはありません。普通の子と同じペースで同じレベルでこなせなかったとしても、昨日より今日、少しでも本人比でできるようになっていればそれでよしということで見ていただけることにはなっています。

言い訳させない苦しさ



でも。わが子に過剰な負荷をかけたいわけではありませんが、だからといって、やらなくても大目に見てもらえるのをいいことに、発達障害を言い訳にさせたくもないのです。今現在、私たち夫婦は子どもたちを一般級で過ごさせるという選択をしました。これは姉弟に共通することですが、将来的に、療育手帳を使っての進学・就労というのを親は必ずしも望んではいない、ということです。(誤解していただきたくないのですが、そういう選択肢を否定しているわけではありません。)望まない理由はたったひとつ、自分の好きなこと・やりたいことを自由にやらせたいから。手帳を使えばそれなりに配慮はしてもらえるかもしれません、けれども、選べる選択肢はどうしても極端に少なくなってしまう。診断がおりていようといまいと、誰もが少なからず能力の凸凹はあるもので、皆それぞれに折り合いをつけて生きているはずです。たまたまうちの子たちはそれが普通より極端なので生きづらさを感じる場面は残念ながら多いかもしれません。苦労することもあるでしょう。それでも、自由に翔んでいける力を持ってほしい。酷かもしれませんが、そのためには、ある程度鍛えることも親のつとめかなと思うのです。

何度かこのブログでも書いているように、発達障害、といっても、人によってその程度や出方・特性は様々です。もっと重度の子もいるんだから、それに比べたら、アナタの子なんて大したことないんだからいいじゃない、ということを時々言われることがありますが、正直、だから?と冷めた気持ちになります。たとえば成績にしても、下には下がいるんだから、って、それが何の慰めになるの?と。ハッキリ言ってしまえば、興味ありません。幸せの価値観は人それぞれです。本人に負荷をかけないようにとそこだけを案じるあまりに、安易に楽で低い方に流すことが本当に本人のためになるのか。

きっとそれが正解と信じたい



親が等身大のわが子を受け入れられず、親のエゴでわが子の本来の能力以上の負荷をかけていることになるのかという迷いはあります。頑張れ、頑張れとやったところで、頑張れない子に無理をさせて、結局、親が子を潰してしまうパターンになりはしないかという恐れもあります。本来なら支援級相当の子を一般級に置くことで、担任の先生を始め、まわりに迷惑をかけたりしているのだろうかと思うこともあります。(もっとも今のところ、姉弟どちらの担任の先生もそれはないとおっしゃってくださるのですが。)実際問題として、子どもたちのサポートを丁寧にやろうとすればするほど、自分の仕事にも支障が出てきたり、仕事以外でも自分がやりたいことは何ひとつできなかったり、いっぱいっぱいになるたび、投げ出したら楽になれるのかと何度も考えてしまいます。親だからしょうがないよ、とかそんな時に第三者から慰められても、逆に、アナタに何がわかるの?とイラついてしまうこともあります。

頭がおかしくなりそうなぐらい、寝ても覚めても、どうすることが長い目で見た時に本人のためなのかを考え続ける日々、私の中で支えになるのは、息子くんを支援級か一般級どちらでスタートさせるかを小学校と協議していた頃に当時の児童支援専任の先生から言われた言葉です。

今、お母さんが子どもたちのために一生懸命やろうとしていることはきっといつか伝わります。そして、大人たちがこれだけみんなで一生懸命考えて考えて出した答えなら、きっとそれが正解です。


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