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明日への足跡

子育ては毎日が戦争

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学習サポートをめぐる親の迷い



大きなかぶ?!


今朝も学校行きたくないモードにハマってしまった息子くん。「お姉ちゃんは朝も遅くて、帰りも早く帰ってきてずるい」「ボクは毎日ランドセル重いの我慢して学校までの坂道頑張って歩いてるのに、お姉ちゃんは車で送り迎えしてもらってずるい」そう主張する彼の言い分もごもっともで母は反論に困ります。最近までは「お姉ちゃんは電池切れだから」と説明すればそれで納得してくれていたのですが、だんだん知恵がついてきて、「ボクだって電池切れなのに!」と言い返してもきます。それでも学校まで親が付き添えば、渋々とはいえちゃんと歩いてくれるので、今朝も一緒に通学路を歩きながら、この週末にはどんぐりや松ぼっくりを拾いに行こうか、などと他愛のない話をしていて、少し笑顔も見られたのですが。

学校の門をくぐり、昇降口の近くまで行ったところで、その場にしゃがみこんで、「帰りたい」と泣きだします。たまたまそこに4年生の担任の先生が通りかかって、「一緒に教室まで連れていきましょうか?」と声をかけてくださったのですが、普段、接点がない先生だったので、息子くんは断固拒否。お次は校長先生が通りかかり、優しい笑顔で「おはよう、どうしたの?」と頭をなでてくださったのですが、こちらも息子くんは石になったまま。お忙しかったのか、校長先生は慌ただしく去って行かれましたが、そのあと、先ほどの4年生の先生か校長先生が職員室に伝えてくださったのでしょう、児童支援専任の先生が出てきて、息子くんを説得し始めます。この先生は普段、TTとして授業を見てくださったりもしている先生で、息子くんもわりと好きな先生なのですが、説得は難航。「担任を呼んできますね」といったん離れた隙に、今度は副校長先生と養護の先生が近寄ってきて、小雨がぱらつく中でしゃがんでいたら風邪ひいちゃうから、とにかく屋根の下にいらっしゃい、となんとか昇降口まで誘導して再度説得。そこに戻ってきた児童支援専任の先生と、担任の先生も加わって、なんだか『大きなかぶ』状態です(苦笑)結局、担任の先生が上手く本人をのせてくださって、ふわふわーっと教室に連れて行き、親には、とりあえず大丈夫だから任せてくださいと目で合図してくださったので、こちらもその場で一礼だけしてお預けしてきました。

理解があればそれでいいのか


さて。先日からLITALICOや個別指導塾といった学習サポートのお試しをさせてきたわけですが、昨日は、こちらもスクールカウンセラーさんからの提案で、学研の教室を体験してきました。自宅からは車で10分少々、近隣小学校の学区域内にある一軒家のようなところが教室になっていて、そこに約7人ほどのスタッフさんがいる状態で、幼稚園から小学校高学年ぐらいまでのお子さんたちが勉強を見てもらっているようなのですが。ここの大きな特徴は、教室長さんが発達障害の子に対する知識や理解があり、そういうお子さんの受け入れに慣れている、ということ。実際、最初の電話の時に、IQなど突っ込んだことを聞かれましたし、検査結果があれば持ってきてください、とも言われました。そして、いきなりお試しではなくて、まず普通に座ってお勉強できるかどうかとか、現状の学力がどの程度あるかを見せてもらった上で、受け入れられそうだったら、お試しをして、それから続けるか決めてください、ということでした。

そこで、昨日はまず、ひらがなや簡単な漢字を書いたり、算数の足し算・引き算など習った範囲での計算問題を解いたりというのを見ていただいたのですが。本人は、昼間の運動会の練習疲れもあってか、姿勢はグダグダ、鉛筆もちゃんと持てるのにわざといい加減な持ち方をしたり、およそやる気の欠片もない態度です。その都度、先生はきちんとたしなめるところはピシリとたしなめて、教えることはきっちり教える、できたところは褒める、そういうのはお上手だなと思ったのですが、肝心の本人との相性はあまりいいとは…。そのあと、親と先生がお話した時に、うーん、と思ってしまったのが、確かに、発達障害というものに対する知識や理解はお持ちなんです。が、なんというか親の感情の機微にはちょっと疎いのかな、という印象がありました。子どもの程度や出方もその子その子で異なれば、親の考え方もいろいろだと思うのですが、発達障害だから、勉強には普通にはついていけなくなって当然、一般級スタートしても支援級に行くのは時間の問題、だから自立のために必要な勉強を優先的にさせるべき、という道が決めつけられてしまうのが、私はちょっと受け入れがたかったのです。


答えは他にもあるかもしれない


昨日、家に戻ってから、私は主人にこれまでのトライアルの結果を振り返りながら、こう言いました。

「このまま一般級で過ごさせるとしたら、本当に今すぐ、学習サポートつけてやらないと無理なのかな?」

学校の宿題を今は親が見ていますが、私も一応仕事をしている身ですし、上の子のサポートもあって、きちんと見切れていないところはあると思います。だからこそ学習サポートが必要だろうと思って、お試しをしてみたわけですが、どこもなんだか違う気がして。私自身、人の好き・嫌いが結構あって、自分が安心してわが子を託せる先生に、というのが強いせいもあるかもしれません。実際、娘ちゃんの塾の先生方を私は心から信頼してお任せしていますし、娘ちゃん自身も、その塾の環境が気に入っています。そこに通うことを本人が楽しいと思えないなら、苦痛だと感じるなら、まだ小学1年生のうちからそこまで負荷をかけて勉強嫌いにするのもどうなんだろうと私は思ってしまうのです。4年生になるタイミングまで待てば、今、娘ちゃんをお願いしている塾で受け入れていただくことができます。それまでの2年半をどうつないでいけばいいのか。

とはいえ、私たち親は学校の授業中、どの程度ついていけているのかをきちんと把握できているわけではありません。そこはやはり、実際、見ている担任の先生なり、TTで入ってくださっている児童支援専任の先生のご意見も伺った上で判断すべきでしょう。そんなことを今朝、息子くんが教室に連れ去られたあと、副校長先生とも少しお話しました。すると、今、支援級に転籍させるとか、あるいは、塾に行かせるとか、そういう極端な選択肢だけではなくて、学校でできるサポートもあると思います、と言われました。具体的には『取り出し』といって、一般級に在籍のまま、ついていくのが困難な科目だけ、ひとり別室に移して、マンツーマンで先生が指導するという手があるそうです。数年後には合併が決まっているほど小さい規模の学校で、先生の人手だって決して余剰があるはずではないのに、そこまで手厚い支援を提案してくださったことを素直にありがたいと思いました。副校長先生は、直接自分が教室での学習状況を見ているわけではないから、やはりそこは担任や児童支援専任の意見を聞いてほしい、その上で、息子くん本人が安心して過ごせる環境をととのえるにはどうしたらいいのかを、一緒に相談しませんか、と。とりあえず運動会まであと1週間という状況では先生方もガタガタ落ち着かないでしょうから、それが終わって落ち着いてからでも、改めて考えてみるつもりです。

検査結果という現実を突きつけられるのは親にとってはキツイことですが、こうして、じゃぁどうすることが本人のためなのかを学校と親が一緒に考えられる、という意味では、やはり、検査を受けさせておいてよかったなと思う朝でした。


あちゃーな個別指導体験



第一印象って大事


小学校・中学校それぞれに行事が続き、それに伴ってPTA活動も佳境に入り、毎日、目が回りそうな忙しさが続いています。そんな中、相変わらず、息子くんの学習サポート探しは続いておりまして、今日は近所の某個別指導塾の体験に行ってきました。

そこはいくつかの教室があるチェーンで、以前、スクールカウンセラーさんが関わっていたお子さんのひとりが、たまたまうちの近くの教室で上手くいったという話を聞いているから、どうですか?と提案いただいたところでした。あらかじめ、ネットから体験を申込む際に、小学1年生でASD(自閉スペクトラム症)等の診断を受けていることや、特総の判断は支援級相当だったけれど、一般級で過ごしているということは備考欄に記入しておいたにも関わらず、折り返しの電話をいただいた時は、何だか機械的というか、ごくごく普通に個別指導塾の体験受付みたいな感じで、大丈夫かな?という一抹の不安を感じたのですが。

いざ、行ってみると。そこそこ広いスペースに、いくつも受講用のブースはあるのに、ビックリするぐらい人の気配がありませんでした。ちなみに行った時間は17時。個別指導塾だったら、普通に数人の受講生がいてもおかしくない時間です。最初、面談スペースのようなところで、出迎えてくださったスタッフさんとまずはお話し。このスタッフさんが社員さんなのかアルバイトさんなのかはわかりかねましたが、とにかく授業のシステムや受講料金などをマニュアル通りにちゃんと説明しなくては、という感じで、そもそも小学1年生での受講というケースがレアらしく、さらに、発達特性があるとなると、「そんなに経験値があるわけじゃないので、私も手探りでの対応になりますが…。何かこういう言い方はしちゃいけないとかそういうのはありますか?」と自信なさげな態度。受講する本人である息子くんの方には見向きもしません。当然、息子くんは退屈してしまい、机の下にもぐったり、寝転がったりしては私からピシリと叱りとばされます。こんな感じでちゃんと授業になるのかしら?教えてくれる人はこの人じゃないよね?でも他に人の気配もないしな…と思っていたら、そのまま、そのスタッフさんが授業もやってくださるとのこと。

相性以前の問題だ!


前回、体験したLIALICOが電話で入念にリサーチしてオンリーワンのプログラムを用意してくださっていたので、息子くんは非常に食い付きがよかったのですが。今回、50分の体験授業を、国語と算数両方で見せていただくということで、まずは始めた国語が、それはそれは残念な状態。漢字のお勉強をしましょう、はいいとして、いきなり、漢字を習い始めたばかりの小学1年生に、書いて、と指示した漢字がなんと【歌】でした。いやいや、それはいくらなんでも難易度高過ぎでしょう、と私が隣で驚いていたら、案の定、息子くんは「知らん」とそっぽを向きます。じゃぁ、知ってる漢字教えて?と聞かれても、「わかんない」と笑ってスル―。仕方なく、隣で私が、漢数字の【一】から【十】および【大】【小】【上】【下】【林】は習ったはずとフォローすると、じゃぁ、数字書いてみようか、はいいのですが。

体験だから教科書的な教材まではないとしても、漢字をやらせるのであれば、小学1年生が習う漢字なんてたかが知れてるのだし、ドリルのコピー的なものぐらいはあるだろうと思ったのですが。なんと出てきたのは裏紙(笑) それに先生がお手本を書いて、じゃぁその下に真似っこして書いてね、と言っても、息子くんは鉛筆を持つことさえもちゃんとできるはずなのにやらないで、わざと変な持ち方をし、書ける漢字もふざけてお絵描きモードです。漢字の【四】なんて正しく書けるのに、わざと四角く囲いを先に作って、そこに、これ人の顔みたいーと笑いながら、目や口をつけて遊び出すといった具合。明らかに先生をなめてかかっているのがわかります。椅子に座っている時の姿勢がおかしいよ、とか、鉛筆の持ち方が違うよ、といったような、基本的なところさえも正すことはなく、とにかく、必死に漢字を書かせようとし、たまに気が向いて本人が上手く書いた時に褒めてくれてはいたのですが、ほとんど茶化してばかりの息子くんに教える側が振り回されっぱなし。ダメだ、こりゃ。相性以前の問題です。30分国語をやったあと、算数を残り20分でという予定でしたが、これ以上やらせても本人はその気がないし、苦痛なだけ、と判断して、私の方で、もういいです、と打ち切りました。

嫌でも目に入る現実



一般的に塾というと、高校受験をひかえた中学生が主なターゲットなのかなぁと思うのですが、ここの塾にも、娘ちゃんが通っている塾同様、学校の定期考査の成績上位者の名前と点数が貼ってありまして。普段、娘ちゃんの塾で、成績上位者で貼りだされるのは、普通に90点以上です。ところが、ここでは70点台が最高。そして、その近くに昨年度の高校合格実績も貼ってあったのですが、名前の知らない学校ばかり。ここはどこだろう?と思って、同じ場所に貼ってあった、神奈川県公立高校偏差値一覧を見ると、一番上に書いてある学校名が、娘ちゃんの塾だったら中堅扱いされているところで、そこから、本当に、下のランクまでズラリと。そして、先日の娘ちゃんの中間考査の結果では、この塾のランクでさえも難しいのかという現実に、私は愕然としていました。それなりのレベルの学校に入れる力を持った子たちを教えている先生方は、やっぱりそれなりのスキルをお持ちなのでしょう。それだけの環境で、非常に面倒見もいい先生方についていただいて、それでも、このレベルでしかない娘ちゃんの現実に私は言葉を失くしていました。

とにもかくにも、息子くんは進路が待ったなしのお姉ちゃんのような状況になる前に、発達障害がわかっているのですから、今ならまだ打てる手はあるはずです。もう少し、彼に合った学習サポート探しを続けてみようと思います。



自由という名の翼を持つために



たかが宿題、されど宿題



早いもので今年度もそろそろ折り返しです。3学期制をとっている娘ちゃんの中学校では週明けが中間考査、2学期制をとっている息子くんの小学校では明後日から前期最後の週を迎えます。

小学校入学当初は鉛筆の持ち方からかなり苦戦した息子くん。それでも担任の先生の並々ならぬご尽力によって、下手なりに少しずつきちんと読める字が書けるようにはなってきたのですが、未だにひらがな・カタカナが完璧とはお世辞にも言えません。それでも授業はどんどん進んでいき、いよいよ漢字練習に突入したようです。漢字ドリルが配布され、自宅での漢字練習が課せられるようになりました。まだ最初なので「大」「小」「一」「二」「三」「四」だけでしたが、漢字はひらがな以上に、書き順やいわゆる【とめ・はね・はらい】といったものを意識させる必要があります。算数のように理解させた上でやらないといけないことはともかく、漢字練習のようにただ書けばいいだけとかそういう作業的な学習はきっちりやらせないと、とは思うのですが、これを取り組ませるのがとっても大変!疲れてグダグダの時に姿勢を正して練習しなさいと言ったところでやるわけないし、すぐに飽きてふざけてしまいますので、休みの日に時間をとって一緒に見てやることになります。

この他に週2回は算数と国語の宿題プリントも出ます。こちらの国語はひらがなやカタカナをなぞるだけだから大したことないのですが、算数は、授業の復習といっても、きちんと理解しているとは限らないので、これも親が丁寧に見て、わからないところはひとつひとつ目に見える形で説明して、理解させながら、やらせていきます。夏に受けた検査結果を学校にはお伝えしてご理解いただいているので、仮に、この宿題や漢字練習をやらなかったとしても、特に何かを言われたりすることはありません。普通の子と同じペースで同じレベルでこなせなかったとしても、昨日より今日、少しでも本人比でできるようになっていればそれでよしということで見ていただけることにはなっています。

言い訳させない苦しさ



でも。わが子に過剰な負荷をかけたいわけではありませんが、だからといって、やらなくても大目に見てもらえるのをいいことに、発達障害を言い訳にさせたくもないのです。今現在、私たち夫婦は子どもたちを一般級で過ごさせるという選択をしました。これは姉弟に共通することですが、将来的に、療育手帳を使っての進学・就労というのを親は必ずしも望んではいない、ということです。(誤解していただきたくないのですが、そういう選択肢を否定しているわけではありません。)望まない理由はたったひとつ、自分の好きなこと・やりたいことを自由にやらせたいから。手帳を使えばそれなりに配慮はしてもらえるかもしれません、けれども、選べる選択肢はどうしても極端に少なくなってしまう。診断がおりていようといまいと、誰もが少なからず能力の凸凹はあるもので、皆それぞれに折り合いをつけて生きているはずです。たまたまうちの子たちはそれが普通より極端なので生きづらさを感じる場面は残念ながら多いかもしれません。苦労することもあるでしょう。それでも、自由に翔んでいける力を持ってほしい。酷かもしれませんが、そのためには、ある程度鍛えることも親のつとめかなと思うのです。

何度かこのブログでも書いているように、発達障害、といっても、人によってその程度や出方・特性は様々です。もっと重度の子もいるんだから、それに比べたら、アナタの子なんて大したことないんだからいいじゃない、ということを時々言われることがありますが、正直、だから?と冷めた気持ちになります。たとえば成績にしても、下には下がいるんだから、って、それが何の慰めになるの?と。ハッキリ言ってしまえば、興味ありません。幸せの価値観は人それぞれです。本人に負荷をかけないようにとそこだけを案じるあまりに、安易に楽で低い方に流すことが本当に本人のためになるのか。

きっとそれが正解と信じたい



親が等身大のわが子を受け入れられず、親のエゴでわが子の本来の能力以上の負荷をかけていることになるのかという迷いはあります。頑張れ、頑張れとやったところで、頑張れない子に無理をさせて、結局、親が子を潰してしまうパターンになりはしないかという恐れもあります。本来なら支援級相当の子を一般級に置くことで、担任の先生を始め、まわりに迷惑をかけたりしているのだろうかと思うこともあります。(もっとも今のところ、姉弟どちらの担任の先生もそれはないとおっしゃってくださるのですが。)実際問題として、子どもたちのサポートを丁寧にやろうとすればするほど、自分の仕事にも支障が出てきたり、仕事以外でも自分がやりたいことは何ひとつできなかったり、いっぱいっぱいになるたび、投げ出したら楽になれるのかと何度も考えてしまいます。親だからしょうがないよ、とかそんな時に第三者から慰められても、逆に、アナタに何がわかるの?とイラついてしまうこともあります。

頭がおかしくなりそうなぐらい、寝ても覚めても、どうすることが長い目で見た時に本人のためなのかを考え続ける日々、私の中で支えになるのは、息子くんを支援級か一般級どちらでスタートさせるかを小学校と協議していた頃に当時の児童支援専任の先生から言われた言葉です。

今、お母さんが子どもたちのために一生懸命やろうとしていることはきっといつか伝わります。そして、大人たちがこれだけみんなで一生懸命考えて考えて出した答えなら、きっとそれが正解です。


君たちはどう生きるか



涙の体育祭



あんなに暑かった夏もいつしか過ぎ去り、ひと雨ごとに秋らしくなっていきますね。一昨日、娘ちゃんの中学校では体育祭が行われました。その日、天気予報の降水確率は70%、今にも泣きだしそうな曇り空で、決行が危ぶまれましたが、プログラムを大幅に組み替え、各学年の種目および縦割りや全体種目をすべて午前に、徒競争のような個人競技は、3年生が走るものを午後の前半にして、1・2年生のを終盤に固めて、とにかく、天候が許す限り、これが最後の体育祭となる3年生たちを中心にという、先生方の愛情が伝わってくるような構成でスタート。

小さい頃から運動神経が残念な娘ちゃん。おまけに号令ひとつで強制的に動かされることが苦手かつ大嫌いという性質のため、体育祭はもっとも苦痛なことのひとつです。私はPTA役員としての仕事の都合で、競技エリア内の一番近いところでわが子を見ていられたのですが、そんな彼女が、仲間と力を合わせて一生懸命取り組み、勝ったときにはみんなと一緒に大喜びをする、ごくごく普通にクラスの一員として楽しそうに笑顔が弾けている姿がそこにはありました。それを見ていたら、笑顔を失った時期も知っているだけに、よかったなと心から安堵したし、嬉しかったのですけれど、その一方で、ずっとこんな風に仲間の中で過ごしていく環境を維持してやりたいのに、それが叶わないかもしれない現実が辛くてたまりませんでした。今の中学校では支援級に転籍したとしても、行事の時にはどこかのクラスに組み込まれていきます。けれども、やはり普段からずっと同じ空間で過ごしているのといないのでは、当然、一体感も違うことでしょう。あるいは、ドクターの言われるように通信制のサポート校に進学したら、普段の苦痛は少ないのかもわかりません。が、そのかわりみんなと行事を作り上げて、思い出を共有するという経験は難しいでしょう。必死に涙をこらえてカメラのシャッターを切っていたら、空から雨が降り始めて、3年生の競技がすべて終わったところで、体育祭はそこまでとなってしまったのでした。

進路とは生きる道を考えること



進路の問題というのは非常にデリケートなことなので、他人と話す時には神経を遣います。昔、こんな知人がいました。その人の親御さんは優秀ないわゆるエリートだったので、自分のお子さんにも、男子は東大・女子はお茶の水女子大、それ以外は認めないという方針だったそうです。そのため、幼稚園から、子どもたちを受験させましたが、運もあって、お嬢さんはずっとお茶の水女子大附属とはご縁がありませんでした。それでも世間一般から見たら、お嬢さんの学歴は決して低いものではなく、むしろ、称賛されるべきレベルかと思われます。ただ、親御さんは納得できなかったのでしょう。「まわりの子はみんなアナタとはレベルが違うの。だからお友だちになってはいけません。」そうやってお勉強以外は許されず、厳しく育てられ、お友だちもいないまま育てられていったのですが、高校受験でお茶の水女子大附属にご縁がなかった時に、とうとう精神を破壊してしまいました。知人はそんな姉を見て痛ましく思いながらも、それでも自身もまた男だから東大にという親御さんの呪縛から逃れられずにいました。

ことほどさように、人によって価値観は様々、許容できる範囲も異なります。たとえば、ある人にとっては第1志望で念願かなって入れた学校であったとしても、ある人にとってそこは滑り止めで、本命に落ちたから仕方なく入学した、いわば屈辱でしかないということもあります。ママ友などでよくありがちなのが、本人は全然自慢しているつもりでも嫌味でもなく、素直に、わが子の成績が学年10位だったと嘆いていて、いやいや、まずアナタのお子さんの学校に入ることもできないレベルの人から見たら、贅沢な悩みでしかないのに、滑り止めだったのだからトップ3で当然、とか。大人なのでいちいちそういうところでイラっときても指摘はしませんが、内心、空気読んでよね、と思ってしまったりして。そういうことがあるので、迂闊に進路関係の苦悩というのを、ただの友人関係の中で話すのは躊躇してしまいます。

まして、そこに発達障害、というのが絡むと尚更です。人によって、出方も程度も異なりますし、特性も人それぞれです。親にとっては、発達障害の一般的なケースがどうなのかということではなくて、わが子にとってどういう環境が最適なのか、ということが大きな問題です。それと、その環境を親と本人が受け入れられるのか、ということ。もちろん正解なんてありません。何を重視したいのか、何を大事にしたいのか、何を学びたいのか。自分が学生の頃は進路=進学先と当たり前のように考えていました。でもそうじゃない。親になって、わが子が発達障害と宣告されて初めて気づいたのです。進路はその子の生きる道を考えていくことなのだと。

母校が残した財産



ドクターが言われている、支援級に転籍させて、そこから通信制のサポート校への進学、さらに、やがては療育手帳を使っての就労という道は、本人がいつか頑張りの限界にぶつかって立ち尽くしてしまうというリスクを極力避けることができるルートであろうと思われます。将来、自立していけるようにということを考えるならば、何かしらのスキルがあった方がいい、そういう配慮でもあるのでしょう。実際、そういう道を自ら選んで誇りを持っていらっしゃる方もあると思います。ただ、私は今はまだどうしてもそれを受け入れることが辛いのです。

私には大切な友人たちがいます。学生時代に出逢い、お互い、いろいろなことがありました。いいことも悪いことも。それぞれの環境が変わり物理的な距離が離れても、今はSNSもある時代、辛い時・苦しい時、気持ちだけはそばに寄せてくれているのが伝わってきます。同じ空間で過ごした時間は、人生の中で考えたら決して長くはありません。でも、友人たちの存在は、まぎれもなく、母校が残してくれた一生ものの財産だと私は思っています。順番からいっても親はいつか先立ちますし、大人になってからは親が子どもにしてやれることなんて残念ながらあまりなくて、だから、子どもたちにも、これから先、歩いていく道で出逢う友人たちに支えられ、支えていってほしい。学力とかスキルとかそんなのよりも、人とのつながりを残してあげたい。その強い思いがあるからこそ、リミットぎりぎりまで、あらゆる選択肢を、可能性を、わが子と一緒に考える親でいたいのです。

そして、かけがえのない友人たちへ… 数えきれないほど、ただ伝えたい言葉。 「ありがとう」


*CommentList

諦めがつかない未来予想図



発達障害であることは事実だけど



娘ちゃんの検査結果を臨床心理士さんから聞かされて早1ヶ月。今日は主治医による診察の日でした。総合診療科はいつものごとく、軽い問診のあと、鎮痛剤を処方しておしまい。余談ですが、頓服薬は診療点数の関係でいつも14回分がMAXなので、時々、切らしてしまうことがあり、そういった時に、市販のイブプロフェンだと15歳未満は服用できないとあるけれどどうなのか、と聞いてみたら、病院で処方されるものと違って余計なものが混ざってるから、むしろ効き目が弱いぐらいで、もう身体自体は大人と変わらないから13歳でも普通にピンチヒッターとして代用していいよ、とあっさり言われました。そんなものなのですね。

そして、総合診療科を終えたら問題の児童思春期精神科。先に本人だけがドクターとの診察に入ったあと、今度は本人が退出して親と交代です。

夏に受けた検査、WISC-Ⅳの結果、やはり発達というか能力の凸凹がかなりあるので、発達障害とみなしていいでしょう、とのことでした。ただし、自閉スペクトラム症やADHDといったような診断名をを断定できない難しいケース、なのだそうです。この検査結果を受けて、学校は4時間目以降の登校をデフォルトとした、ということに対しては、また思いきった決断ですけど、英断でしたね、と言われました。「本人は明るく楽しんでる感じがあって、だからこそ、どうなのかな、本当は医者目線ならやっぱり支援級に移してあげた方がいいとは思いますが、見た目、普通の子にしか見えないし、ここまでずっと一般級でやってきて、本人はプライドもあるだろうし、納得しないですよね」とドクターは思案顔。

無情に砕かれた希望



あの子、行きたい学校があるんです、と私が言いました。学校見学で訪れた私立A高校の雰囲気が気に入って、もちろん難しいことはわかっていて、もし届かないようであれば私立G高校行きたいって、支援級に転籍させてしまうと、それを目指すこともハードルが上がってしまうことを考えると、本人に傷を残しかねないから、それはちょっと…と私が難色を示すと、それ以前に、A高校は健常児でも普通に憧れるようなハイレベルだし、G高校だって相当レベル高いのに、とドクターは絶句。こういうお子さんの進路としては、レベルの高い養護学校か通信制のサポート校でしょうね、と。だから本人にとってはキツイことだろうけれど、等身大の自分を受け入れさせることが親御さんのつとめです、あるいは、本人が納得してくれないなら、もう行きつくところまで、試験受ければおのずと判定は出るわけですから、受けるだけ受けさせるしかないでしょうけれどね、という厳しい現実に私は何も言えませんでした。さすがにドクターからも本人にはストレートには伝えなかったそうです。ただ、検査の結果、学習面ではちょっと難しい壁にぶつかることが多いかもしれないよ、といった程度にとどめたとか。養護学校に入れるのであれば、療育手帳の交付が必須だから、進路のことを考えたら受けておいたらいいと思いますけどね、と言われるドクターの言葉に、何もわからないうちに親の手続きだけで交付できた下の子とは事情が違うだけに、私はその場で首を縦に振ることはできませんでした。

「いずれにしても、中学校にいるうちに、本人が劇的に回復する可能性はほぼないと思ってください。そうなると普通に登校できるようになるのは見込めないだろうし、今現在でも発達障害のお子さんふたり抱えて、そのサポートで親御さんは大変なのに、これがずっと続く、あるいはもっと大変になっていく、その時に、親御さん自身が折れない手だてを考えないと、支えきれなくなってしまいます。それだけの覚悟は大丈夫ですか?」日中はほとんど子どもたちのサポートに追われて、自分のための時間なんてないのはもちろん、自営でやっている仕事もままならず、そちらへの影響が深刻な状況で、ここ数日、疲れ果てていたところに、ドクターからの言葉は追い打ちでした。仕事やめたら楽になれるのかな、と一瞬頭をよぎりました。でも、多少のしがらみもありますし、それに自分が子どもの立場だったら、自分のために親が大事にしている仕事を手放したと知ったらどう感じるのでしょう。嬉しいとは思えない気がするのです。

受け入れきれない親心



人並に全日制で本人に合った環境を探してあげたくて、学校見学をしていました。通信制のサポート校や、本人が望めば高卒認定試験だってあることはわかっています。わかっていますが、私はやっぱり学校という場で仲間と過ごす時間というものを願わずにはいられないのです。友だちと他愛ない話に笑い転げたり、行事を一緒に作りあげたり、部活動で絆を深めたり、そんな学生生活を、私自身が送りたかったけど、いろいろあって叶わなかったから…。わが子には【普通の】青春を過ごしてほしい、その思いが強かったのです。だからこそ、そのために自分を後回しにしてでも、サポートを頑張れるのです。結局、学校生活というものに執着して、諦めきれないのは私自身なのかもしれません。

帰宅してから、何も知らずに「評価に響くからやらないと!」と騒ぎながら、せっせと提出ノルマが課せられているワークブックをこなしている姿を見たら、私はドクターから言われた現実なんてとても本人に言えませんでした。自分を客観視できないからとはいえ、無邪気に将来の夢を語るわが子に、等身大のアナタは発達障害児だから普通にみんなと同じような将来を夢見ても無駄だなんてとても言えません。言えないけれど、限りなくゼロに近いかもしれない可能性のために負荷をかけて、その結果、取り返しがつかないことになってしまったとしたら…。親としてわが子にしてやりたいこと、してやれること、してやれないこと。ここでの選択は息子くんにも影響することなので慎重に考えていかなくてはなりません。子どもは親を選べない以上、せめて、私たちの子でよかったと思ってもらえるように…。


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プロフィール

真白

Author:真白
横浜市在住、発達障害の小1男子と、慢性疲労症候群の中1女子を抱える母です。

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